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三軒茶屋ヘブンズドアの路地裏に住み着いて五年、二階堂はそこに出入りするたくさんの人々を見てきた。大体は大きくて黒い板か棒のようなものを背負い、そのドアを通りすぎていく。そして夜もすっかりふけた頃、店の外壁が低音でビリビリと揺れるほどの音量で演奏が始まる。ほどなく人間たちの歓声が上がり、拍手が聞こえる。


「人間のやることなんてわからないよ」と、三毛猫の小早川はいう。「あんなに大きな音を出して騒いで、何が楽しいんだか」二階堂は、表向きは小早川に同意したふりをしたが(猫の世界にも建前ってもんがある)本当は気になって仕方がない。ひょっとすると、あの大きな音の中でとびきり上等なニシンが振る舞われているのかもしれない。だから人間はあんなに歓声を挙げるのか。


今夜、二階堂はそれを確かめることにした。人間のカバンに忍び込んで、ヘブンズドアに入るつもりだ。

 

—ご来場の皆様、今一度手荷物のご確認を。ひょっとしたら、二階堂はあなたのカバンの中に忍び込んでいるかもしれない。

「人間に生まれてたら、俺も音楽をやるんだろうか」

と、猫の二階堂は思う。

 

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